スポンサーリンク
どうもどうも、ごきげんよう。
サラリーマン・ブロガーのエレファント・シンスケ(@yukihiro)です。
人生の中でやらなきゃいけないことはたくさんある。
本人の「やりたいやりたくない」の一存で決めることができるものもあれば、決めることができないものがある。
自分にもし家族がいて、自分の一存で家族に迷惑がかかるのならば、それはやってはいけないことだ。あなただけ苦しむのなら特に問題ない。あなた以外の誰か、家族を苦しめることになるのならばそれは考えものだ。
目次
自分に選択肢を増やせるのは独身の内だけ
基本的に、人生の選択肢というものが与えられるのは、社会人であり独身であるときのみだ。
会社が嫌になって辞めてしまおうが、起業したくて何か投資をしようが、誰にも迷惑をかけないのだから問題はない。
どんなに借金をしようが、起業で失敗しようが、ホームレスになろうが、その結果というものは自分で決めて得たものだから、誰にも文句を言うことはできない。
むしろどんな結果になろうと、自分で決めて行動に移せるということは幸せなことなのだ。
若いうちなら、例え失敗してもやり直しはいくらでも聞く。
■バイトをしながら借金を返す
■もう一度就職して、社会人からやり直す
■ネットカフェにこもりながら、ネットビジネスを始める
■自分の生き様をブログで発信する
■路上ライブをする
自分に責任は伴うけれど、自分で何もかも決めていい。独身の特権というものは、こういうところで存分に発揮できるのだ。
自分に家族がいるのならば選択肢は限られる
当たり前だけれど、家族がいる場合は独身の時とは大きく立場が違う。自分が好き勝手に選択肢を増やせるかというと、それは大きな間違いだ。
■家族のために働いてお金を増やす
■家族が安心できるようにサービスを提供する
これは大人として、人として、当たり前のこと。
どんなに会社が辛かろうが、毎日が眠かろうが、きついのはあなただけではないのだ。あなたを支えてくれる家族だって、あなたと同等もしくはそれ以上のプレッシャーを抱えているかもしれない。。
■近所の付き合いがうまくいかず毎日が孤独である
■お金の自由がなく、自分の欲しいものも買えない
■子育てで疲弊しており、育児ノイローゼになる
■家族とコミュニケーションが取れなくてストレスになっている
あなたの知らないところで、大切な家族も大きな悩みを抱えているのだ。
そんな中であなただけ自分の好き勝手に、選択肢を増やしてやりたいことをやるというのはおこがましいことだ。
ネット上で
■人生楽しんだもの勝ち
■自由に楽しもう
■自分のやりたいことやろう
という発信者は、ほとんどが「独身」で何も失うものがないものか、元々が金持ちで、「苦労」という言葉を知らないセレブ のどちらかだ。
あなたは、そんな苦労の知らない人と比較して何の意味があるのか?
家族も持つからには、それなりの責任を持とう。
それでもやりたいことをやりたいならけじめをつけよう
そうは言っても人間には感情があるだろう。
■俺だってこんだけ毎日頑張っている
■いつも真面目に働いているのに誰も認めてくれない
■いつまで頑張ればいいのか、もう疲れた
■家族がいても、自分の好き勝手に生きたいよ
こう言いたい気持ちは分かる。僕だって大手で働いている時、朝7時から23時まで働いていたし、休日も出勤していた身だ。
上司や先輩に厳しく怒られていたし、軽鬱になって会社も何日か休んだこともある。
だけどね、家族を持ったからには誰のせいにもできないわけ。自分には家族を守る責任があるわけ。それがけじめってものだ。
最低限、家族が安心できる、食っていける資産は作っておかないとダメなわけ。
その資産さえ作っておけば誰も文句は言わないよ。会社を辞めたければ転職をすればいいし、今の会社でどうしても上に上がりたかったら、目指せばいいし、会社に勤めながら別の手段で収入を増やせばいいし。
今は、ブログだけでも収入を得ることができる時代だよ。これだけ世界は変化したんだよ。
関連記事
ハンドルを握るのは自分
家族を守るのも、自分がやりたいことができるまで死ぬ気で頑張るのも、ハンドルを握っているのは自分なんだよ。
ダメなのは、
■何もしないこと
■何かに依存すること
である。
人は楽したい生き物である。自分の事なのに他人事のような考え方をする。めんどくさいこと全てを他者に丸投げする。
誰かに頼っていれば安心しきって、自分は大丈夫だと勘違いをする。
誰かに何かのスキルを教えてもらったとしても、そのスキルを何かの機会にアウトプットして自在に操ることができないと意味がない。
超一流のF1マシンをもらったとしても、ハンドルを握るのは自分だし練習して運転できなければ、レースすることすらできない。
マシンを動かさないと、錆びれてしまって使い物にならないわけだ。
変化をするときが一番辛いが、その辛さを乗り越えたもののみが楽を得れる
人は変化をするときが一番辛いもんだ。だけど、「苦は楽の種」という言葉があるように、辛さを乗り越えたもののみが味わえる「楽」というものは存在する。
僕は30歳を越えてから人生を変えようと決意したので、なかなか自分の頭というものは固いもんだと自覚した。今までの自分を捨てるのはとても辛かった。
それなりの経験とプライドがあったから、20代のように「素直さ」と言うものが欠けていて、行動に移すのが何よりも遅かった。。固くなった紙粘土のように。。
だけど、その辛さを乗り越えたから人生の選択肢が増えた。責任もあるけれど、今の自分が一番充実している。僕にとっては自由なのだ。
個人が欲している「自由」と言うものは一体何なのか?
時間の自由なのか??
場所の自由なのか??
お金の自由なのか??
心の自由なのか??
人を選ぶ自由なのか??
優先順位は人によって違うし、自分にとってどれが最も満たされているかによっても幸せの度合いも違ってくる。
どれかが欠けてたとしても、自分が求めている自由が手に入っているのだったのならばそれで幸せなのである。
経済力や時間の自由が手に入るということは、それだけ人に影響力を与えないと実現することはできない。
影響力を与えるということは、自分の発言や行動、そしてビジョン1つ1つに大きな責任が伴うということだ。
人は誰かに求められ、自分の価値が認められてから、自分の幸せを感じるのだ。
スポンサーリンク
コメントを残す